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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)3086号 判決 1978年5月30日

原告 株式会社 栄和

被告 株式会社協和銀行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、金一、一六九、八六〇円およびこれに対する昭和五一年六月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

主文同旨。

第二主張

一  請求原因

1  原告は、ビニール製生地の販売を業とする会社であるが、昭和五〇年一〇月二三日と二四日の両日にわたり、訴外フエニツクス株式会社に対しビニール製生地を合計金一、一六九、八六〇円分販売した。

2  右訴外会社は、右商品買受に当つて、その代金支払確保のために原告に対し、被告の承諾付輸出手形円価代金振込依頼書二通を交付した。

3  右振込依頼書二通は、右訴外会社の依頼により、昭和五〇年九月三〇日被告の京町堀支店が右訴外会社に交付したもので、その記載内容によれば、被告は右訴外会社に対し、「被告が所定の信用状に基いて振出された輸出手形の買取を後日右訴外会社から依頼され、その買取を承認した場合は、その買取代金の内から合計金一、一六九、八六〇円を、東海銀行東大阪支店にある原告名義の預金口座に振込むこと」を承諾したことになる。  4 右のような振込依頼書は、通常仕入資金もしくは信用力の乏しい中小輸出貿易業者が、輸出先の取引銀行の発行した信用状を、これに基く輸出手形の買取もしくは取立を依頼する予定の国内銀行に預けて、その銀行から発行を受けるもので、右輸出手形の買取代金もしくは取立金の振込先は当該輸出商品の仕入先の銀行口座と指定されていて、発行された振込依頼書は輸出貿易業者から仕入先に交付され、これにより仕入代金の支払の確実性を担保するために利用される。原告も被告の承諾付本件振込依頼書を信用して、右訴外会社に本件商品を販売した。

5  しかるに被告の右支店は、本件商品輸出後である昭和五〇年一一月七日に至つて、原告には何らの連絡もなさず、右訴外会社との間で右輸出手形円価代金振込依頼契約を合意解約し、右訴外会社に信用状を返還した。

6  そこで右訴外会社は、本件商品の輸出手形を他銀行に買取らせてその代金を受領し、その直後に倒産した。そのため原告は、本件商品販売代金債権の回収が不能となつて、同代金額相当の損害を蒙つた。

7  公認外国為替銀行である被告としては、本件振込依頼書の支払担保機能は熟知していたはずであり、しかも右振込依頼契約の合意解約により原告の債権が回収不能になるおそれのあることも十分予見可能であつたはずであるから、右合意解約をなしかつ信用状を訴外会社に返還するに当つては、事前に本件振込依頼書を回収し、或いは原告に連絡をなす等何らかの措置をなすべきであつたのであり、これをなさず原告に右債権保全の措置を講ずる機会を逸しせしめた点において、被告には過失がある。この被告の過失によつて原告は右損害を蒙つた。

8  請求原因に対する被告の答弁6の事実は認める。

本件振込依頼書は、振込指定の一種ではあるが、担保的機能を有していて、貿易業界において信用の高い担保として商慣習化していることは公知の事実であり、被告としても当然このことを承知の上で右振込依頼書に承諾をしている。右のような担保的機能については、東京地裁昭和四七年四月七日(第一審)、東京高裁昭和五〇年一〇月八日(第二審)、各判決の理由中でも明言されており、しかも被告は同判決事件の被告であつた。本件のような振込依頼を受けた銀行は、その承諾に当つて予じめ振込依頼者より信用状を差入れさせるのであり、これによつて振込依頼者は他に輸出手形の買取申込ができなくなり、指定口座への振込が確実となる。右振込依頼書がその名のとおり単なる振込の依頼書であれば、事前に信用状を提出させる必要はない。

本件振込依頼書には被告主張(一)ないし(三)の各特約条項が存在するが、同(一)により買取りが拒否されるのは異例のことであるし、同(三)による相殺が第三者に対する関係で許されないことは前記高裁判決の判示するところであるから、右のような特約条項の存在も本件振込依頼書の担保機能を滅殺するものではない。

被告は、本件振込依頼契約合意解約の理由として、訴外会社の信用不安をあげ、これは右特約(一)にいう「その他の理由」に該当すると主張するが、これは当らない。被告としては、本件振込依頼を承諾するに当り訴外会社から信用状を提出させ、これを保管していたのであるから、仮に被告主張のように訴外会社振出小切手の依頼返却という事態が発生したとしても、急に本件振込依頼契約を解約する必要はなく、輸出手形買取申出の時点で買取りを拒否すれば足りたはずである。右信用不安は単なる口実であつて、右合意解約の真の理由は、訴外会社が第三者から融資を受ける必要から被告に要請したことにある。また前記特約第一項に「信用状条件との不一致その他の理由により」云云とあるのは、買取るべき輸出手形に附着する瑕疵によつて被告が損害を蒙るのを排除せんとするものであるから、「その他の理由」もその趣旨で解すべく、振込依頼者の一般的な信用不安等は含まれない。仮に被告主張のように訴外会社に信用不安があつたとしても、被告としては、輸出手形買取後その取立完了が確認されてから振込をすれば足りたのであるから、輸出手形が発行もされない間に本件振込依頼契約を合意解約する理由とはならない。

被告主張のとおり訴外会社の信用が悪化していたのであれば、右合意解除により原告が唯一の担保を喪失して損害を蒙ることは明らかな状況にあつたといえる。銀行の承諾付振込依頼書の貿易業界における信用度は極めて高いのであるから、仮に振込依頼契約当事者間に同契約を合意解約する正当な理由があつたとしても、被告としては依頼書を回収するなり、事前に原告に連絡するなり、何らかの措置をなすべき義務があつた。被告方でも過去においては、右のような場合振込依頼者に対し、仕入先業者に差入れた振込依頼書を回収するよう要求し、その回収を合意解約の条件としていた。右回収により、仕入先業者は事前に合意解約を知り、他の債権回収の手段をとり得、また振込依頼者が資金の裏打をしない限りは右依頼書の返還を拒否することによつて、損害を回避することができる。本件においても、被告により事前に右のような措置がとられておれば、原告としても、右合意契約の当時は未だ本件商品は輸出されていなかつたからこれを仮差押するなり、信用状を押えるなりし、或いは訴外会社との交渉等によつて債権回収が出来たはずである。被告の本件支店は、訴外会社の振込依頼により、過去四回原告の銀行口座に振込をなしているから原告をよく知つており、原告に事前連絡し、或いは振込依頼書の回収を図ることは容易であつた。

9  以上のとおりであるから、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として金一、一六九、八六〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和五一年六月二六日から支払済まで民法所定利率による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1の事実は不知、同2の事実は否認する。

2  同3については、原告主張の日被告の京町堀支店が訴外会社の依頼により、合計金一、一六九、五六〇円分の原告主張のような記載内容の輸出円価代金振込依頼書二通(五二三、八五〇円分と六四五、七一〇円分)を訴外会社に交付したことは認める。但し右各振込依頼書には、後述のような特約条項の記載ないし注意書がある。

3  同4については、右のような振込依頼書が輸出業者とその輸出商品仕入先との間の取引に利用され、その間の代金決済方法としての経済的機能を果していることは認めるが、原告主張のような代金支払の確実性を担保する機能があるとの点は否認する。

4  同5につき、被告が原告主張の日に訴外会社との間で本件輸出手形円価代金振込依頼契約を合意解約し、訴外会社に信用状を返還したことは認めるが、その余の事実は不知。被告は、訴外会社の申出により右振込依頼契約を解約し、訴外会社に振込依頼取消依頼書を差入れさせた上で、信用状を返還した。

5  同6の事実は不知、同7の事実はすべて否認する。

6  本件輸出手形円価代金の振込依頼およびこれに対する承諾は、輸出手形の買取依頼人である訴外会社と買取銀行である被告との間において、将来売買せられる輸出手形の円価代金の支払方法についてなされた契約であつて、その内容は、将来被告が訴外会社から輸出手形を買取つたときは、その代金の内一定の金額を指定された銀行の指定された者の預金口座へ振込むというものであり、被告の右振込義務は、被告が輸出手形の買取を承諾したとき始めて発生する。

しかも右振込依頼書には、銀行記入欄に「本書は振込先に対し保証その他なんらの責任をも負うものでない」旨注意書がなされている外、次のような特約条項が記載されている。

(一) 信用状条件との不一致その他の理由により輸出手形の買取が承認されない場合は勿論、買取後といえども、当該輸出手形の取立に懸念ありと認められた場合には当該輸出手形の取立完了が確認された後振込をなすも異議ないこと。

(二) 輸出手形の買取についても、先に訴外会社が被告に差入れた銀行取引約定書、外国向荷為替手形約定書、同追加約定書の各条項が適用されること。

(三) 被告が訴外会社に対する債権の保全上必要と認めた場合には、本振込依頼金額を右被告の債権に充当し、または同債権と相殺するも異議ないこと。

7  右特約条項(一)は、本振込依頼契約によつても、被告は無条件に輸出手形買取の義務を負うものではなく、信用状条件との不一致の場合は勿論、振込依頼人の信用状態をも考慮して、買取をなすか否かを自由に決し得ることを明らかにしたものである。買取に当り依頼人の信用状況を重視するのは、買取後該輸出手形にクレームがつき支払がなされないとき、買取銀行において買取依頼人に遡求権を行使し、或いは買戻請求権を行使するも、満足を得られないことが取引業界に往々見られる実態に鑑み、このような危険を回避せんがためである。

特約条項(二)は、本振込依頼契約の下でも、輸出手形の買取が振込依頼人と被告間の基本約定による銀行取引の一環として行われることを明らかにするもので、同(三)はこれを受けて、被告が右買取代金をもつて、指定口座への振込に優先して、依頼人に対する債権の弁済に充当し、或いはこれと相殺し得ることを明定する。

更に右銀行記入欄の注意書は、本振込依頼に対する被告の承諾が、手形買取代金の支払方法についての承諾にすぎず、振込先に対し何らの法的義務も負わないことを明らかにしたものである(免責文言)。

以上特約条項および注意書(免責文言)の存在によつても明らかなように、本件振込依頼書は、訴外会社と被告間の輸出手形の買取を条件とするその円価代金の支払方法についての約定書にすぎない。振込指定口座の主である原告としては、右約定により輸出手形売買代金の一部が自己の銀行口座に振込まれるであろうとの期待は持つであろうが、これはあくまでも原告側の一方的期待であつて、将来輸出手形の買取が行われることおよびこれが行われたとしてもその代金が原告の銀行口座に振込まれることについての保証は何もない。

被告主張の東京地裁および同高裁判決事件の被告が本件被告であることは認めるが、右事件と本件とでは事案の内容が全く異なる。しかも被告としては、昭和四四年五月一五日右事件が提訴されるや、振込依頼書の内容に検討を加え、学者の意見等も聴した上で、同依頼書による契約が、前述のように通常の銀行取引の一環として行われる輸出手形買取の代金の支払方法についての約定にすぎず、これによつて、被告が振込先に対し何らの法的責任を負うものでないことを明白にするために、前記特約条項や免責文言を記載した振込依頼書の新書式を制定し、昭和四六年五月六日以降これを使用している。右事件当時の依頼書(輸出円価代金振込依頼書)には、右特約条項や免責文言に相当する記載がなかつた。従つて、右高裁判決が前記特約条項(三)による相殺をも許されない旨判示しているとの被告主張は事実に合わない。かつて右円書式による振込依頼書には担保的機能が認められたとしても、新書式に改めたことにより同機能は喪われたというべきである。

8  本件振込依頼契約解約の経緯は次のとおりである。

被告と訴外会社間には当座勘定取引があり、訴外会社振出の手形、小切手は同当座勘定によつて決済されていたのであるが、昭和五〇年一一月五日訴外会社振出の額面一四〇万円の小切手が交換呈示されるも当座預金残高不足のため決済不能となり(当時の残高一三三、二八四円)、本来不渡返還となるべきところが、訴外会社から呈示者へ要請をなした結果呈示者からの申出により依頼返却となつた。しかし被告としては、右依頼返却をもつて不渡の前駆状態である信用不安と捉え、以後訴外会社に対する与信を差止めることになり、同月六日訴外会社に対し本件輸出手形の買取をなし得ない旨通告した。すると同月七日、訴外会社から被告に対し文書でもつて、本件振込依頼契約解約の申出があり、被告はこれを了承した。

9  振込依頼人に右のような信用不安の事態が発生した場合、被告が輸出手形の買取を拒否し得ることは、前記特約(一)によつても明らかであり、これは被告の業務の性質上やむを得ない措置である。被告が右事態発生後、訴外会社からの輸出手形買取の申出をまたず直ちに右買取拒否を通告し、これに対しなされた訴外会社からの振込依頼契約解約の申出に応じたからといつて、何ら批難さるべき筋合はない。被告としては、過去においても振込依頼書の回収を振込依頼契約合意解約の条件にしたこと等はなく、右依頼書の返還を受けていたのは、単に書類の事務的処理としてにすぎない。本件にあつては、被告において輸出手形の買取を拒否すべき事態が発生し、その結果振込依頼契約が解約され、原告の預金口座への振込が行われなかつたというだけのことである。

第三証拠<省略>

理由

一  原告代表者本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したと認められる甲第三ないし第五号証によれば、請求原因1の事実が認められる。

二  被告銀行京町堀支店が訴外フエニツクス株式会社の依頼により昭和五〇年九月三〇日、少くとも合計金一、一六九、五六〇円分について、請求原因3記載のような内容の被告の承諾付輸出手形円価代金振込依頼書二通を右訴外会社に交付したことは当事者間に争いがない。但し、右のようにして被告が訴外会社に交付した振込依頼書と目される甲第一、二号証によつても訴外会社が依頼し、被告が承諾した原告名義の銀行口座への振込金額は、合計金一、一六九、五六〇円であつて、これを超える金額についての右原告主張のような振込依頼書が被告から訴外会社に交付されたと認め得る証拠はない。

三  原告代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、右訴外会社は前示認定の原告との商品取引に当り、右認定の被告の承諾付振込依頼書二通を原告に交付し、原告は現にこれを所持していることが認められる。

四  右振込依頼書による訴外会社の振込依頼およびこれに対する被告の承諾が、請求原因に対する被告の答弁6記載のとおり、右両者間において将来売買される輸出手形の円価代金の支払方法についての契約であり、指定銀行口座への被告の振込義務は、被告が輸出手形の買取を承諾したとき始めて発生するものであること、ならびに本件振込依頼書に右答弁6記載のような注意書および特約条項の記載のあることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、二号証、同第六ないし第一〇号証、乙第五号証の二、同第六号証、同第七号証の二、同第八号証、証人倉光宏明の証言、原告代表者本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

従前から、資力ないし信用力の乏しい中小輸出貿易業者が輸出商品を仕入るに当つて、その取引先の銀行に輸入先業者の開設した信用状を預け、これに基く輸出手形の買取もしくは取立を将来依頼する予定であるが、その買取もしくは取立がなされたときには、その円代り金の内一定の金額を特定の第三者の銀行口座に振込んでもらいたい旨文書で依頼し、その際右振込金額としては当該輸出商品の仕入代金相当の金額を、振込先としては同商品仕入先業者の銀行口座を指定して、これに右銀行から承諾する旨の奥書を付してもらい、これを右仕入先業者に交付し、これにより仕入代金支払の確実性を担保して商品の売渡を受けるということが一般に行われてきた。被告方でも従前から右のような承諾付円価(貨)代金振込依頼書を発行してきたが、その用紙としてかつては、本件振込依頼書におけるような注意書(銀行記入欄)や特約条項(依頼人記入欄)の記載のない依頼人記入欄には単純に右のような振込依頼文言が記載され、銀行記入欄には「上記の件承諾しました。」とのみ記載されたものを使用していた。しかし右書式による承諾付振込依頼書を発行し、かつ所定の輸出手形の買取を実行しながら、その代金をもつて振込依頼人に対する債権と相殺し、指定の銀行口座への振込をなさない取扱をなしたことがあり、これに対して同銀行口座の名義人から右相殺の効力を否定し、振込指定金額の支払を求める訴を提起され、一、二審ともに被告敗訴の判決を受けた(一審東京地裁昭和四七年四月七日判決の理由とするところは、右のような振込依頼書により、振込先銀行口座名義人を受益者とする第三者のためにする契約が成立したというのであり、二審東京高裁昭和五〇年一〇月八日判決では、このような見解は否定されたものの、右のような相殺は右銀行口座名義人に対する関係では信義則に反し、権利の乱用として許されないとされた)。被告方では、右のような訴を提起されたことから、右のような承諾付振込依頼書が発行されていても、その輸出手形の買取は振込依頼人との間の通常の銀行取引の一環として行うのであり、被告として右のような相殺をなし得ることは勿論のこと、振込先口座名義人に対して何らの法的義務も負うものでないことを明白にするとの意図から、学者の意見等も参考にして、前示のような注意書や特約条項の記載された新書式を定め、昭和四六年五月頃からは右新書式による振込依頼書を発行している。しかし原告は、昭和四九年五月頃から過去五回訴外会社にその輸出用商品を販売したが、いずれの場合にも、その代金の支払を確実ならしめる担保として、訴外会社に銀行の承諾付円価代金振込依頼書の交付を要求し、被告発行の右新書式による本件と同様の承諾付振込依頼書の交付を受けて、これによる自社銀行口座への代金振込の確実性を信頼して取引をなし、本件取引の場合も右と同様であつた。

五  昭和五〇年一一月七日、被告が訴外会社との間で本件振込依頼契約を合意解約し、訴外会社に信用状を返還したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証、証人倉光宏明の証言により真正に成立したと認められる同第二号証の一、二、同証言を総合すると、右合意解約に至る経緯として、請求原因に対する被告の答弁8記載の事実ならびに被告としては、輸出手形買取拒否の通告に対し訴外会社から本件振込依頼契約解約の申出を受け、その際原告への連絡や本件振込依頼書の回収は訴外会社においてなすとのことであつたので、「メーカーへの連絡は同社より直接なし、被告に迷惑はかけない」旨記入した解約申入の文書を差入れさせて右解約申入を承諾したことが認められる。

振込依頼人に右認定のような振出小切手の決済不能およびその依頼返却という事態が発生した場合、被告としてこれを不渡の前駆状態である信用不安と把握して、以後与信行為を差止めることは、被告の業務の性質上やむを得ないことであるし、かかる場合たとえ信用状を保管していたとしても、これに基く輸出手形の買取を拒む必要のあることは被告主張のとおりであつて、前示特約(一)の「信用状条件との不一致その他の理由により」という中には右のような信用不安の場合も含まれるというべきで、このような事態に即応して直ちに被告が振込依頼人に輸出手形の買取拒否を通告し、振込依頼人の申出に応じて本件振込依頼契約の合意解約を承諾したからといつて、そのこと自体何ら批難さるべき筋合のことではない。

六  原告は、被告として右合意解約に当り、事前に本件振込依頼書を回収するなり、原告に連絡するなりすべきであつたと主張するのであるが、従来からの中小業者間でのこの種銀行の承諾付振込依頼書に対する信頼や、これら業者に法的知識や情報の乏しいこと等を考えれば、本件のような新書式による依頼書が発行されている場合であつても、発行銀行としては信用状を振込依頼人に返還する前に右原告主張のような措置をとることが望ましいことではあろうけれども、さりとてこの種振込依頼書が本来的には、振込依頼人と輸出手形買取銀行間での、同手形買取を条件とするその円代り金の支払方法についての契約であることや、特に本件依頼書には、前示の経緯で前示のような注意書や特約条項が記載されるに至つていること等を考えれば、被告に右原告主張のような措置をとるべき法的義務があつたとまでは断じ難い。

七  しかも本件においては、仮に被告において右合意解約を事前に原告に連絡していたとしても、これにより原告が本件商品代金債権保全のために有効適切な手段をとりえたことについての立証はない。原告は本件販売商品について右合意解除当時は、或いは輸出済であつたと主張し、或いは未だ輸出されていなかつたと主張し、そのいずれであるか定かでないし、原告のいう「信用状を押える」ということがいかなることを意味するかも明らかでない。仮に原告においてその主張のように本件振込依頼書の返還を拒否したとして、本件のような事案において、被告が同依頼書の未回収を理由に訴外会社に対し信用状の返還を拒否し得る法的根拠があるとも解し難い。

以上いずれの点よりしても、原告の本訴請求は理由がないことになるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大月妙子)

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